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社長・貞末奈名子 Vol.1 「もう一度ニューヨークへ」

鎌倉シャツ副社長でディレクターの貞末哲兵が、現社長であり実姉の貞末奈名子について語ります。

2024.04.10 ブログ



今回から、またもや新シリーズを始めることになった。

今これを書いているのは、2023年10月8日の日曜日である。

現在、様々なブログを書いているが、その主な目的は会社の軌跡をどこかに記録しておくことに他なならい。今まで書いてきたたくさんのシリーズは、すでに一冊の本にまとめられるくらいのボリュームになってきたように思う。
まだの方は、是非他シリーズもご覧いただけたら幸いである。


✓ 鎌倉シャツの創業者との対話
https://yomukama.shirt.co.jp/posts/search?鎌倉シャツ創業者

✓ 鎌倉シャツもう1人の創業者との対話
https://yomukama.shirt.co.jp/posts/search?もう一人の創業者

✓ 松下幸之助を考える
https://yomukama.shirt.co.jp/posts/search?松下幸之助を考える

✓ 鎌倉後の世界
https://yomukama.shirt.co.jp/posts/search?鎌倉後の世界

✓ 欧州再訪日記
https://yomukama.shirt.co.jp/posts/search?欧州再訪日記

✓ 鎌倉シャツについて
https://yomukama.shirt.co.jp/posts/search?鎌倉シャツについて


このブログは、会社の軌跡をどこかに記載し、顧客の皆様にご覧いただくことを第一の目的としているが、新しい社員も増え、会社のことを研修などだけで伝えるのは難しくなってきた のもあって、彼らにも一読してもらえたらと思っている。

コロナ以降、会社に綺麗な組織が出来たことは誠に喜ばしいのだが、社員も200名を越え、地方にも出店が加速していく中で、彼らとのコミュニケーションが難しくなってきたことも事実として受け止めていく必要がある。



さて、今回のシリーズは鎌倉シャツの現・社長である貞末奈名子を題材にしたものである。



創業者の長女として生まれ、私の実姉であり、コロナ渦に社長のバトンを引き継いだ。

本来は、貞末奈名子本人がブログを書いてもいいところなのだが、超多忙ということもあって(私も暇ではないが書き慣れているので書くのに時間を要しない)、近い立場にある私が客観的に書くことによって、彼女の仕事振りや考え方をうまく伝え、残せていけたらと思っている。

なぜこのタイミングで今回のシリーズをスタートさせたかというと、いよいよ今週、貞末奈名子がニューヨークを再訪することになったからだ。



鎌倉シャツは、2012年から約9年間にわたって、ニューヨークの服飾文化の聖地と言われているマジソン・アヴェニューに店舗を持ち、現地法人も存在していた。2020年、コロナの凄まじい猛威が振るうニューヨークにあって、現地法人であったKamakura shirts inc.は一時撤退を決め、現在に到っているのである。

今回における貞末奈名子の訪米の狙いは、「ニューヨークで止まってしまった針を少しずつ動かしに行く」というものだが、もちろん、それは、簡単なことではない。

まず、為替だが、出店した2012年は1ドル約80円前後で推移し、さらに、当時はリーマン・ショックなどもあってニューヨークの家賃は底値だった。ところが今の為替は150円前後をキープし、ニューヨークはハイパー・インフレに限りなく近く、家賃は上がり続けていて留まることを知らない。
そんな状況もあって(為替の他にも色々難題がある)、ニューヨークに再チャレンジを果たすのは簡単ではないが、まずは社長が行かねば何も進まないので、行くしかないといったところなのである。

かつて存在した鎌倉シャツの現地法人では、営業活動をしていたその9年余りで、ニューヨークを中心に約4万人にのぼるカスタマー、顧客名簿を持っていた。そのリストは現在、しっかりと鎌倉シャツの越境オンラインサイトであるグローバルオンラインに引き継がれている。



2012年、鎌倉シャツがニューヨークに出店した際、我々が最初に想定したカスタマーは「大柄なアメリカン」と「現地に住む日本人」だった。大柄なアメリカ人は、赤いベースボールキャップにTシャツ、短パンで、大きなコカ・コーラとポテトチップを持っているイメージだ。

ところが、蓋を開けてみたら、鎌倉シャツのニューヨーク店に集まるカスタマーは、コカ・コーラとポテトチップとは無縁で、見事なまでにシェイプした体とインテリジェンスを兼ね添えた「一流のニューヨーカー」達だったのだ。



ニューヨークにおけるシャツ市場は、ブルックス・ブラザーズやJ・CREWなど様々あるが、それぞれサイズの大きいものがほとんどで、アメリカのブランドである彼らさえも、想定しているカスタマーを赤いベースボールキャップにTシャツ、コカ・コーラをイメージしているのは間違いないのである。

つまり、ニューヨークでは、鍛えて節制した体を持ち、仕事をバリバリこなすような一流のビジネスマンにフィットするシャツを見つけるのは難しい。
そんなアメリカのシャツ市場に、鎌倉シャツが現地・ニューヨークに住む日本人をターゲットにするために持ち込んだ “日本と同じサイズ・フィット(鎌倉シャツのスリムフィット)” が、一流のビジネスマン、マッドマン達(マジソン街のエリート)に爆発的な人気を博すことになったのだ。

一方、コカ・コーラ用に持ち込んだ大きめのフィットは(今までの鎌倉シャツにはなく、新たに開発した)一定のニーズはあるものの全体の5%程度に留まるのみとなった。

そして、我々が期待したほど現地の日本人のカスタマーは増えず、彼らのために持ち込んだはずだったスリムフィットが現地の「一流のニューヨーカー」向けになったのだ。



東の果ての国からやってきたシャツ屋が、まさか数年で一流のニューヨーカーを相手に商売出来ると思っていなかったのだが、鎌倉シャツのスリムフィットは、東洋の神秘として現地ニューヨーカーの間で大絶賛を受けることになったのである。



つづく

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