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鎌倉シャツ創業者との対話 Vol.3

鎌倉シャツ副社長でディレクターの貞末哲兵が、創業者である父・貞末良雄について語ります。

2024.04.10 ブログ

今は2023年の5月12日金曜日の7:20を回ったところで、例によってスターバックスでこのブログを書いている。

この後、鎌倉オフィスにあの『AMETRA』の著者であるディヴィッド・マークスさんが鎌倉に来ることになっていて、昨日までは、宮崎(弊社GMで色々と一緒に仕事をしている)と、大阪・京都・神戸とレンタカーを使いながら、本当に様々な人と会うことができた。

ビジネスは人と人との縁だと思うが、すぐに商売にならなくても鎌倉シャツの存在を少しでも多くの方に知っていただけたらと思うまでである。

さて、今回は久しぶりに「鎌倉シャツ創業者との対話」シリーズの3話目である。



鎌倉シャツの創業者である貞末良雄は、情緒やストーリーを大切にしていたロマンティストだった。

世間からは、「日本製、MADE IN JAPANのシャツを作る象徴」として知られていたが、実は彼がヨーロッパ製品を愛用していたことはあまり知られていない。

何度聞かされたか分からない、彼の得意な話をしよう。


創業者 「A地点とB地点があるとする、そのAからBを移動すればいいだけなら面白味もなく、ストーリーは生まれないだろう?」

私   「そうですね」

創業者 「A地点からB地点に着くまでの過程をストーリーにし、エキサイティングに設計したのがハーレー・ダビッドソンでありBMWだ」


彼の愛車はBMWだったが、乗ったこともないハーレー・ダビッドソンの話もよくしていた。


「確かにA地点からB地点に移動するものとしては、最高のものを日本は創ったのですが、今、人々は単にA地点からB地点に速く移動することだけで満足するのでしょうか?
A地点からB地点へ速くではなく、楽しくその道程を味わいながら、癒されながら、移動自体が目的のようなモノの使われ方をするのではないでしょうか。
その時、私たちには、そんな文化的情緒性を込めたモノ創りが思想として在ったのでしょうか。
ハーレーに乗って旅するヒゲ面のおじさんに「かっこいい」と憧れる人たちが増えてきたのです。
皆さん、目を覚まそうじゃありませんか!」

(ブログ「モノ創りの思想」より一部抜粋)



創業者 「物作りをする企業において、最も大切なのがストーリーと情緒を作ることだ」

ストーリーと情緒は今日でも通用する言葉だと思うが、今風に言えば「他にはない唯一無二のコンテンツ」という感じだろうか。
鎌倉シャツでいえば、「創業の地・鎌倉との共生、日本製を大切にし、最高品質を納得価格」で販売することである。

ハーレー・ダビッドソンの社是は凄まじい迫力を放っている。
「時代を超えた冒険と魂の解放を皆様と共に共有します」 
冒険とか魂という言葉は、もはや日常で使われる言葉ではないし、「スマホの中」とは対極にあるように思う。

BMWの社是はシンプルだが強烈だ。
「駆け抜ける喜び」
AからBに着けばいいという安易な発想から最も遠いところに位置し、「DRIVE」そのものが目的となっている。


創業者 「ウチはどうなんだ?」

私   「鎌倉シャツは単純な仕事着ではなく、シャツを着ることが楽しく、その行為自体が目的化しなくては意味がないと考えています」

創業者 「その通りだ、そして鎌倉シャツは和服ではなく洋服を作っていることを忘れないようにしなさい」


日本には洋服の文化はなく、和服の文化しかないのは事実であり、そのことを認識するところから鎌倉シャツはスタートする、というような話をよくしていた。



彼の持ち物は世界の一級品だった。

靴はJM.WESTON、時計はパテック・フィリップ、バッグはエルメスのサック・ア・デペッシュ、スーツは自社の物も愛用したが、ゼニアでオーダーするのが流儀だった。(シャツは鎌倉シャツ(ナポリライン含む)以外ほとんど着なかった)

なぜ、彼が世界の一流品を買い求めていたかについては、彼のブログからも推測することが出来る。


「商いとは、人々の欲望を財とサービスで充足させる、又は人々の潜在している不満を解消することが基本であるから、
人々の欲望に関して洞察する為には自分自身が大顧客たるべく、消費者であることが重要で、頭で考えるよりは浪費家と言われるくらいの消費をする。
その体感から欲望の変化推移を汲み取るのである。」

(ブログ「創業者のブログ~成りたい自分に成る【1】」より一部抜粋)


私も創業者の教えなのか分からないが、基本的には無駄遣いしない浪費家を目指していて、求めるなら必ず一級品(ローンを駆使してでも)を買うように心がけている。



創業者 「洋服文化の最高と呼ばれる物を身に付け、少なくともそれを知った者だけが次の世界を作ることが出来るのだ」

この話は耳にタコが出来るほど聞かされたが、今なおもって創業者の考えは正しいと思う。

和服文化の日本人が日本に閉じこもってシャツを作っても何も始まらず、それは「イギリス人がイギリスに籠って和服を作るようなもの」である。

そういった物事の本質を見抜き、西洋に学びながらシャツ作りをしてきたことが今日の鎌倉シャツを作ったことに他ならない。

日本製の会社だから日本を深掘りすることに重点を置きたくなるが(もちろん大切)、鎌倉シャツの創業者が他の経営者と決定的に違ったのは「洋服は西洋で生まれたもの」という事実を受け止め、その「本質をぶらさなかった」ことであり、だからこそ鎌倉シャツのメイドイン・ジャパンは今日まで進化して来られたのだと思う。


「私達日本人は洋装の歴史を日本全体で体験し始めて、いまだ50年もたっていないということを自覚せねばならない。
すなわち、私達は洋装の遺伝子を持っていない民族なのである。
この謙虚な自覚こそが素直に学ぶ姿勢となり、洋装術の進歩を促すものと思っている。」

(ブログ「メンズファッションの起源【4】」より一部抜粋)



つづく 

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