社長・貞末奈名子 上海への想い Vol.1
鎌倉シャツ副社長でディレクターの貞末哲兵が、現社長であり実姉の貞末奈名子について語ります。
今これを書いているのは、2023年の11/18(土)の13:30を回ったところである。
今回は鎌倉シャツの社長である貞末奈名子の上海における想いや、体験を書いてみたいと思っているのだが、前回のシリーズである 「社長・貞末奈名子 もう一度ニューヨークへ」 についての嬉しい感想をたくさんいただくことが出来た。
その中でも、本人から「あなたのブログがとても嬉しいわ!」と言ってくれたのは作者冥利に尽きるというものである。
ブログやSNSをやらない人や、様々な事情で出来ない人もいると思うのだが、テクノロジーがない時代には「ある想いや考えを多くの人に届ける」ためには莫大なコストを要し、大きなメディアを使うしかなかった。
ほんの数年前まで、その人がどんなに素晴らしいことを考えていたとしても、主なメディアである “テレビ・新聞・雑誌・本・ラジオ” のいずれかを使わない限り、その考えを多くの人に伝えることは不可能だったのだ。
ところが、今の時代はある想いを瞬時に全世界へ届けられる時代へと突入し、初めて会う人にも「いつもブログ読んでますよ!」などと言われることもあったりする。
そうなってくると、その人は私が何を考えているか予め分かってくれていることもあるので、話が弾み、また話が早いという恩恵を受けることもあるのである。
さて、今回は社長・貞末奈名子の上海編である。
鎌倉シャツは、2019年の11/7(木)、中国・上海、静安にある大型複合ビル「静安ケリーセンター」内に、中国で初となるショップ をオープンした。
1993年の11/7(日)に鎌倉シャツは鎌倉に創業したが、そのちょうど26年後の同日、中国・上海に出店となったわけである。
1993年に、鎌倉シャツの創業者である貞末良雄と貞末タミコに「26年後には中国・上海に出店していますよ!」と言っても絶対に信じなかっただろうし「ふざけたこと言ってないで検品でもしろ!」などと言われたに違いない。
鎌倉シャツが上海に出店した、静安ケリーセンター(静安嘉里中心)は、南京西路に面したビジネス街の中心に立地し、高級商業モール、シャングリ・ラ ・ホテル、オフィス、レジデンスからなる大型複合ビルで、地下鉄2路線が乗り入れる静安駅に直結し、平日休日を問わず、多くの人々で賑わっている。
静安ケリーセンターは、日本で言うところの六本木ヒルズをさらに高級にしたようなモールで、そこにいる人達のレベルは非常に高い。
私が現地ケリーセンターの高級四川料理屋で見た普通のおじさん(角刈りでTシャツ)3人組は、揃いも揃ってあの「リシャール・ミル ※」の時計をしていた。
一説によると、「リシャール・ミル」は1本数億するものもあることから、中国人民「元」の気軽な持ち出し、マネー・ロンダリングなどに使われているという噂があるくらいに換金率が高い逸品である。
※スイスの新興・超高級時計メーカー
貞末奈名子は、2023年11/7(火)に行われた「鎌倉シャツの30周年感謝・記念パーティー」を終えた翌日の午後便で、すぐ上海に飛んだ。
上海で行われる「上海・輸入博覧会」に参加するためであった。
貞末奈名子は、大学在学中に当時はまだ最先端であった中国の研究を独自に進め、歴史社会学科の東洋史を専攻していた。本人は私に「ようやく時代が追いつてきたわね。笑」と冗談で言ってくるのだが、それはあながち嘘ではないように思う。
2020年、コロナが全世界で猛威を振るい、ニューヨークの一時撤退を決めた鎌倉シャツにとって、中国においても「ゼロ・コロナ政策」などが実施されたこともあり、マーケットは非常に厳しい状況にあった。
そして、鎌倉シャツの役員会では、中国の一時撤退も脳裏をよぎったのだが、貞末奈名子は微動だにしなかった。
「マーケットは必ず戻るわ、人間の力を甘くみちゃいけないわよ。一旦落ちても必ず這い上がって新しい世界を作ってきたのが人間でしょう!」と言い切ったのである。
もちろん、ビジネスで中国マーケットを見ている以上は、「本人個人の思い入れや執着」を捨てなくてはならないことも事実であるものの、彼女には確かな信念があった。
ニューヨークに比べて圧倒的な物理的な距離の近さ、地の利を生かしながら、現地の多くの方々に支えられたこともあって、現実に2023年の年末を迎えている現在、中国・マーケットは劇的な回復を遂げたのである。
そういえば、このようなことは以前にもあった。
2011年の東日本大震災の時に、甚大なダメージを被った東京を含めた東日本だったが、創業者の貞末良雄はこう言った。
山口県出身の彼は、「広島のことを思えば、今回の甚大な被害からも必ず東日本は必ず復活し、更なる発展を遂げるはずだ。 それを信じて頑張ろう!」
たしか、こんなことを言っていたので、今後も忘れないようにここに記しておきたいと思う。
今後、いかなる大きな自然災害やウイルスなどが蔓延するか分からない世の中である。
さて、「上海輸入博覧会」の話に戻りたいと思う。
上海輸入博覧会は中国政府肝入りのイベントで、ジェトロはその中に区間を借りて日本ブランドを宣伝していて、幸運にも鎌倉シャツは、その区間の小さな一角をお借りすることが出来た。
当初、鎌倉シャツにはブースの割り当てがなかったそうなのだが、貞末奈名子はもちろん、現地のパートナーである三菱商事の方々のご尽力もあって、小さなブースを獲得することが出来たのである。
今まで鎌倉シャツは海南島、南寧、深圳、など多くの中国の地域で博覧会や展示会を行っているが、今回の上海の反響がやはり別格だったそうだ。上海・輸入博覧会では大きな売り上げもあったが、それ以上に品質が分かる方々が他の地域に比べて圧倒的に多く、鎌倉シャツの商品に対して深い理解を示してくれたそうである。
日本がかつてそうであったように、ブランド一辺倒であった上海の方々も、良い物や素晴らしい体験を積み重ねるようになることで、目が養われ、本物の価値を見極めるようになったということなのだと思う。 人々がブランドなどを通過し、名前ではない「VALUEに重きを置いたその時にお分かりいただけるような商品」を作り続けてきたのが「鎌倉シャツ」である。
今後、中国は一時期の勢いは失いつつあるとはいえ、こういったブランド至上主義ではない方々が増え続けていくと思う。
そういった方々に届けられるように、より一層の素晴らしい品質とサービスを高めていかなければならない。
来年も貞末奈名子は、上海だけではなく、ニューヨークや国内と忙しく飛び回る一年となりそうだが、体のケアや健康管理には留意してもらえたらと思う。
つづく
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